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神戸地方裁判所 昭和55年(ヨ)46号 決定

債権者

斎藤勝一

右代理人弁護士

野田底吾

藤原精吾

債務者

ネッスル日本株式会社

右代表者代表取締役

H・J・シニガー

右代理人弁護士

阪口春男

望月一虎

野田雅

主文

債務者は債権者に対し、金二万五六六七円を仮に支払え。

債権者が債務者に対し、昭和五五年中に二〇労働日の年次有給休暇の権利を有することを仮に定める。

申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一  債権者の申請の趣旨及び理由は別紙(一)、(二)のとおりであり、これに対する債務者会社の答弁は別紙(三)のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  債務者会社は、インスタントコーヒーなど食品の製造、販売を主たる業務内容とする外資系の株式会社であり、債権者は、昭和四〇年一二月一日付で債務者会社に入社して以来、東京販売事務所に勤務し、勤続満一四年余りになる従業員で、債務者会社の従業員で組織する組合の組合員であること、債務者会社と組合の間においては、昭和四六年以来協約によっていわゆる在籍専従制度がとられ(九条ないし一一条)、その専従者の復職後の地位、権利等について、協約一一条(以下「一一条」という。)は「会社は専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかった場合と同等水準の地位、賃金及び有給休暇の権利を保証する」と定めていること、債権者は、右協約に基づいて、昭和五〇年一〇月一日から昭和五四年一〇月三一日まで四年一か月間組合専従者の地位にあったこと、債権者は、同年一二月一一日債務者会社に年次有給休暇(以下「年休」という。)をとる旨申出て、同月一九日から同月二一日まで三日間出勤しなかったこと、これに対し、債務者会社は、債権者には同年中年休権はない旨主張し、右三日間を欠勤として扱い、債権者に対し昭和五五年一月二五日支給の同月分給与から右三日分の賃金相当額金二万五六六七円を控除したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、債権者の専従終了(復職)後における年休権について考えてみる。

1  疎明によれば、組合員たる債務者会社従業員の年休について、債務者会社と組合間の協約四四条は、各暦年毎に、協約四五条に規定された前年一二月三一日現在における勤続年数と同四七条に規定された前暦年中の実出勤日数に基づいて算定して与える旨定め、右四五条は、前年一二月三一日現在の勤続年数を基準に、勤続一年未満の者に対しては勤続月数に応じ六ないし九労働日、勤続一年以上の者に対しては一〇労働日とし、第二暦年及びそれ以降は一〇労働日に前年の一二月三一日現在で勤続一年増す毎に第二年次に加えて一労働日を追加するものとして、第二年次は一〇労働日(又は二週間)、第一一年次は一九労働日(又は三週間と四日)、第一二年次及びそれ以上は二〇労働日(又は四週間)とする旨、また、前記四七条は「前年中の出勤が全所定労働日の八〇パーセントに満たない従業員に対しては、欠勤日数に比例して削減した有給休暇を与える」とそれぞれ定めていること、が一応認められる。

右疎明事実に照らせば、右各協約条項の上では、所定の勤続年数及び前暦年中の出勤率のいずれをも充足した場合に勤続年数及び出勤率に応じた日数の年休権が発生し、もし前暦年中に出勤した日がない場合は、仮に勤続年数が協約所定の年数に達していても、年休権は生じないものとされていることが認められる。

2  そして、債権者が債務者会社に入社したのは昭和四〇年一二月一日であること前記のとおりであり、疎明によれば、前記協約において、組合専従者はその専従期間中休職となり、その任期の全期間は勤続年数より差引かない旨定められている(一〇条、二八条)ことが一応認められるから、債権者の昭和五四年中における年休算定の基準となる昭和五三年一二月三一日現在の勤続年数は一四年であり、勤続年数についてみる限り、債権者は昭和五四年及び五五年の各年間二〇労働日(又は四週間)の年休権取得要件を具備している。しかし、疎明によれば、債権者は、組合専従者であったため昭和五三年中は一日も出勤せず、翌五四年は一〇月三一日まで出勤していなかったことが一応認められるから、前記認定の各協約条項の上では、出勤率の点において、昭和五四年中は年休権の取得要件を欠き、翌五五年中は四労働日の年休権を取得するにすぎないことになる。

3  ところで、一一条が、専従者の復職後の地位、権利等につき「会社は専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかった場合と同等の水準の地位、賃金及び有給休暇の権利を保証する」と規定していることは前記のとおりであり、同条の「勤務の中断が全くなかった場合」の意味について、債権者は、年休権の一要件である出勤率(日数)に関しては「正常に出勤した場合」の趣旨に解すべきである旨主張し、これに対して債務者会社は、債権者主張の趣旨は含まず、単に「勤続年数が継続している場合」を意味するにすぎない旨主張する。しかし、右規定の意味内容は、その文言自体からは必らずしも明らかでないといわざるをえず、従って、右協約条項締結の経緯、他の協約条項との関連、その運用の実情等を総合考察して協約当事者たる組合及び債務者会社の意思を解釈し、決定しなければならない。

そして、疎明によれば、一一条は、昭和四八年一二月組合の要求に基づいて、それまで締結されていた旧協約一三条の「会社は専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかった場合と同等水準の地位及び賃金を保証する」との規定に、「有給休暇の権利」の文言を追加挿入して改定されたものであるが、もし右「勤務の中断が全くなかった場合」が「勤続年数が継続している場合」を意味するにすぎないものであったとすれば、専従期間は勤続年数より差引かないことは右改定前から協約(旧協約一二条、現行協約一〇条)上明記されていただけでなく、勤続一四年以上の者が専従者に就任する場合には年休権の勤続年数の要件の関係でも全く無意味であったから、組合において右改定を要求しなければならない必要性はなかったこと、協約六〇条は、そのイ項において昇給は毎年一回四月一日付をもって実施する旨定め、そのロ項において、業務外の傷病その他所定の事由によって右昇給実施前一年間に合計四一労働日以上の長期欠勤をした者につき、復職後、その欠勤日数に応じて定めた昇給調整率に従い、三年度後に右イ項により実施された昇給率に達するよう三回に分割して昇給する方法を定めているが、組合専従者は、右ロ項の適用対象者たる欠勤者として規定されておらず、実際にも、復職後、正常に出勤した者と同様一時に昇給されていること、協約は、「組合員及び組合活動」と題する第二章において、九条に「組合専従者」と題し組合は専従者を任命できる旨、一〇条に「専従者の地位及び条件」と題し、専従者はその専従期間中休職となり、給与、手当等を支給されない旨及び専従者の任期期間は勤続年数より差引かない旨それぞれ規定し、続いて、「専従者の復職」と題して一一条を置き、前記のとおり復職時の専従者の地位等について規定していること、が一応認められる。

右各疎明事実に照らして考えれば、一一条は、右一〇条を受けて、組合専従者の復職後の地位等に関しては、協約その他により休職に本来伴うべき不利益処遇を行わない趣旨に基づいて規定されたものであって、同条にいう「勤務の中断が全くなかった場合」は、「正常に出勤した場合」の意味を含み、従って、年休権発生の一要件である出勤率(日数)の関係では、専従期間を前記協約四七条で定める年休日数削減の対象としないことをその内容とするものと解するのが相当である。

4  債務者会社は、組合専従者に対してはその専従期間中賃金が支給されず、また、賞与は、一般に労働の対価として賃金の一部と解されているところ、従来債務者会社においては、復職後現実に勤務した期間と賞与対象期間との割合で算定支給され、専従期間は支給の対象とされていないから、一一条の「勤務の中断が全くなかった場合」を「正常に出勤した場合」の意に解する余地はない旨主張する。そして、組合専従者にその専従期間中賃金が支給されないことは前記のとおり協約条項上明白であるし、賞与についての取扱いが債務者会社主張のとおりであることも疎明される。

しかし、一一条は、専従期間中における組合専従者の賃金等について規定しているのではなくて、復職後におけるそれについて規定しているのであるから、復職後における組合専従者の賃金を決定する関係で休職期間を出勤扱いすることは、専従期間中の賃金不支給の措置と少しも矛盾するものではない。また、前記認定の賞与の取扱いについても、賞与は債務者会社主張のとおり賃金の一部と解されるから、協約の賃金不支給の定めからしても当然に導かれる取扱いであり、それが一一条についての専従期間を出勤扱いする前記解釈を否定する根拠とならないことは、右賃金の場合と同様である(なお、組合専従者の復職後の労働条件を決定するにつき、労使間において専従期間を出勤扱いするよう定めることはもちろん許される。年休権について、労働基準法三九条は前年度の出勤率が八〇パーセント以上であることを要件としているところ、同条は既応の労働による労働力の消耗を回復させるための措置として年休権を保障しているものであり、現実に右割合の出勤をしていない以上、組合専従者といえども年休権を取得することはできない。しかし、同条は、年休権についての最低基準を定めたものであって、労使間の協定等によって右基準を上回る定めをすることを禁止するものではない)。

5  以上のとおりであるから、債権者は、専従期間中の昭和五三年中及び昭和五四年一月一日から同年一〇月三一日までの間の労働日についていずれも正常に出勤したものと扱われるものというべく、従って、昭和五四年中及び五五年中とも各二〇労働日(又は四週間)の年休権を有することが認められる。

三  また、債権者は、債務者会社に対し年休を申出て昭和五四年一二月一九日から同月二一日までの三日間出勤しなかったことは前記のとおりであり、右は前記認定の債権者の年休権の行使と認められるから、債務者会社が債権者に支給すべき給与額より右三日間の賃金相当額金二万五六六七円を控除したのは不当であり、従って、債権者は債務者会社に対し右控除額と同額の賃金債権を有するものというべきである。

四  そこで、保全の必要性について考えてみると、年休が債権者の生活計画の設定に重要な意味を有するであろうことは容易に推察できるし、組合員は、協約によって、年休権を原則として当該年度中に行使し、もし当該年度中に行使できなかった場合には遅くともその翌年中に行使しなければこれを失うことが疎明され、また、債権者は、家族が妻と子供二人(六才と四才)の給与労働者で、復職後受けている債務者会社からの手取給与及び組合からの賃金補償の合計月額は一六万円ないし一九万円程度であり、しかも、昭和五五年一月の、債務者会社がなした前記控除後の手取賃金額は金九万七九六三円であって、前記控除額は債権者が本来受くべき手取賃金額の二〇・七六パーセントにも及ぶことが疎明され、右各事実に照らして考えれば、年休権及び賃金債権のいずれについても、債権者は本案判決の確定をまっていては著しい損害を受けるおそれがあるものと認めるのが相当である。

五  以上の次第で、債権者の本件申請はいずれも理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 竹中省吾)

別紙(一)

(申請の趣旨)

一 債務者は債権者に対し、金二万五六六七円を仮に支払え。

二 債権者が債務者に対し、昭和五五年中に二〇日間の年次有給休暇の権利を有することを仮に定める。

三 申請費用は債務者の負担とする。

との裁判を求める。

(申請の理由)

一 当事者

債務者会社(以下「会社」ともいう。)は、インスタント・コーヒーなど食品の製造、販売を主たる業務内容とする外資系の株式会社であり、債権者は、昭和四〇年一二月一日付で右会社に入社以来、東京販売事務所に勤務している勤続満一四年余りの従業員であり、会社従業員で組織されたネッスル日本労働組合(以下「組合」という)の組合員でもある。

二 経過

1 会社と組合間には昭和四六年以来、労働協約(以下「協約」という。)九条ないし一一条によって、いわゆる在籍専従制度がとられている。

2 債権者は右協約に従い昭和五〇年一〇月一日から昭和五四年一〇月末日までの満四年一か月間を組合専従者として生活した。

3 債権者は、昭和五四年一二月一一日会社に対し、同月一九日から二一日までの三日間につき年次有給休暇を取得する旨届を出した。ところが会社は、同月一三日債権者に対し同人の年休権が無い旨通告し、翌一四日右届出用紙を突き返してきた。

4 組合は同月一七日、会社のかかる態度が協約一一条(「会社は専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかった場合と同等水準の地位、賃金及び有給休暇の権利を保証する」)に違反するとして、抗議書及び年休確認通告書を提出した。これに対し、翌一八日会社は債権者に年休がなく欠勤扱いとなる旨の通告をしてきた。

5 債権者は同月一九日から二一日まで前記届のとおり年次有給休暇をとったが、会社は電報を発したり、その後も懲戒を臭わせる書面を持参したりして、嫌がらせを続けている。

6 会社における毎月の賃金計算は「月末締め、同月二五日払」であるが同月の賃金カット額は翌月分の賃金より控除されることとなっている(協約六四、六五条)。そこで会社は本年一月二五日債権者の同月分賃金より債権者の一二月における組合活動時間相当分及び年休利用分として合計八万八五四八円を控除して賃金を支給してきた。このうち年休権行使による不当カット額の計算は次の様になる。

172,900(基本給)÷161.67(1か月労働時間数)×24(3日分労働時間数)=25,667円

三 被保全権利並びに保全の必要性

1 債権者は協約上の権利として年次有給休暇の権利をもつ。協約一一条によれば組合専従者が復職する場合には「勤務の中断が全くなかった場合と同等水準」の取扱い、即ち従業員としての地位、賃金、有給休暇の権利が会社によって保障されるのである。従って専従期間中支給されていない賃金(協約一〇条)も、復職後と言えども専従期間中正常に勤務したものとして一般従業員と同様に昇給される。これは年次有給休暇についても同様である。とすれば債権者が一二月一九日ないし二一日の年休届を会社に提出している以上、会社が債権者の昭和五三年の出勤を0として昭和五四年の年休権を否認し、これに相当した時間(二四時間)を賃金カットするのは協約に違反する。

2 会社は債権者の昭和五五年の年次有給休暇につき、前年の勤務が二か月しかないとして三日分しか認めないと言明している。かかる状態の中では債権者にとっては家族を含めた旅行など本年度の年間生活計画が立てられず、又、組合にとっても組合専従者を今後捜すうえで大きな障碍となってき、本案訴訟の確定を待っていたのでは回復すべからざる損害を蒙る。

3 債権者は会社から得た賃金を唯一の収入源とし、家族三人(妻、六才・四才の子供)をかかえる労働者である。こうした状況の中で債権者の一月分手取賃金額は九万七九六三円しかなく一二月分の年休権行使による賃金カット(二万五六六七円)がなければ金一二万三六三〇円の手取があった筈である。今回の会社による違法カット率は、このうちの実に二〇・七六パーセントにも及ぶものであり、債権者が本案訴訟の確定を待つだけの経済的ゆとりがない。

別紙(二)

(協約条項の解釈について)

一 債務者会社における年休日数の計算は協約四五条から明らかなように、入社翌年には、九又は六労働日(いわゆる「第一年次」)、第二年次一〇労働日というように勤続年数のみを基礎に加算されてゆく方式がとられているのである(労基法三九条のように「全労働日の八割以上出勤した」場合に一日加算されるという増加方式ではなく、後記の如く八割未満の出勤は削減されるという削減方式である)。もっとも協約一〇条によれば「専従者の任期の全期間は勤続年数より差引かない」と規定されているのであるから、会社主張のように敢えて一一条を根拠にもってくるまでもなく一〇条及び四五条から当然に債権者の昭和五四年中の年休日数は四五条の「第一二年次及びそれ以上」に該当し、二〇労働日又は四週間となるのである。

二 ということになると、一一条が敢えて「勤務の中断が全くなかった場合と同等水準の……」と謳っていることの意味がどこにあるのかが問題となる。これについては四七条が「前年中の出勤が全所定労働日の八〇%に満たない従業員に対しては、欠勤日数に比例して削減した有給休暇を与える」と規定し削減方式をとっていることと関連がある。すなわち、同条によれば、前記一の如く計算された債権者の昭和五四年中二〇日分の休暇日数も、前年(昭和五三年)の出勤が0であるため、結果的に0となってしまい、昭和五五年中も会社側が計算する如く、三・三三日(20日×2/12)となってしまう。これでは組合専従者のなり手がなくなるため、「会社は専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかった場合と同等水準の地位及び賃金を保証する」と定めていた昭和四六年五月の旧協約一三条を、昭和四八年一二月に改訂し、新協約一一条で「……同等水準の地位、賃金及び有給休暇の権利を保証する」としたのである。従って、現行協約一一条は組合専従者につき四七条とは異った扱いを要請しているものと言うべく、債権者の昭和五四年一二月一九日ないし二一日にわたる休暇は、正当な年休権の行使であり、欠勤扱いとして賃金カットするのは違法であるし、昭和五五年中も少なくとも二〇日分の年休権があることになる。会社側の協約一一条の解釈は、同条の存在意義を没却した誤った解釈である。

三 仮に、会社側の主張によったとしても、債権者は昭和五四年中に四日分、翌五五年中に二〇日分の年休権を有している。すなわち、

1 債権者が組合専従になった昭和五〇年の年休日数は同年固有の一八日プラス、前年からの繰越分六日の計二四日分であったところ、このうち債権者は組合専従になるまでに(九月末日)二〇日分を消化したので、同年中には未だ四日分を残していた。

2 協約一一条が「会社は専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかった場合と同等水準の地位……を保証する」と謳っていることからすれば、債権者は年休未消化の四日分を繰越して専従から復職した昭和五四年一一月一日ないし一二月末日までの間に行使できるはずである。従って、債権者が今回このうち三日分を行使したことに対し、賃金カットするのは明らかに違法である。

3 会社側主張によれば、協約一一条は「年休加算との関係で全く中断がなかったものとして取扱う」趣旨であり、債権者の昭和五五年度有給日数も二〇日分ではあるが、前年度が二ケ月(一一月、一二月)しか出勤していないので一二分の二(すなわち、三・三三日分)しか権利行使できないこととなる。しかし、前記の如く債権者には協約一一条により「勤務の中断が全くなかった場合と同等水準の地位」が保証されているのであるから、債権者が組合専従として中断した期間(昭和五〇年一〇月一日ないし五四年一〇月末日)を除去し、昭和五〇年一月一日から九月末日までの期間と同五四年一一月一日から一二月末日までの期間を接続させてみると、債権者はこれをすべて出勤し、結果的には年一二ケ月のうち一一ケ月を出勤したことになる。とすれば、仮に会社側主張に立って協約四七条で処理するとしてみても、債権者の昭和五五年度の年休日数は「前年中の出勤が全所定労働日の八〇%」以上あることになるから年休日数が削減されることはないはずである。すなわち、会社側の主張に立脚したとしても、なお、債権者には昭和五五年中に二〇日分の年休権が存在することになる。

四 協約四四条が、年休発生の要件として、勤続年数と出勤日数の両者を挙げているのは、債務者も主張するところである。ところで、その内、組合専従者の勤続年数算定については、別に協約二八条の規定により、組合専従期間を勤続年数に算入することが明確である。すなわち、同二八条は、組合専従期間を「勤続年数から控除しない」こと、いいかえれば、組合専従期間中も「勤続年数が継続している」ことを定めている。

そうだとするならば、協約一一条が、「勤続年数が継続している」ことを意味するだけの規定だとする解釈では、一体何のためにこの規定を挿入したのか、その意味が不明となる。少なくとも全く重複することになってしまい、無意味な規定となってしまう。

同条が新たに挿入されたのは(組合専従者の勤続年数については協約二八条で定めたが)、年休の日数についても、一般従業員と同等の取扱いを確保するため、専従期間を除外して、協約四四条を適用するためなのである。

五 組合専従者に関しては、その原職復帰の際、一般従業員と差別がないことが建前でなければならない。

ところで、債務者の解釈により取扱うならば、年度途中で組合専従者となった従業員は、それ以降の年休取得はもちろん、復職が次年度以降になれば未消化の年休権の行使すらできないことになる。さらに復職第一年目は、前年の出勤がないという扱いであるから、新規採用者と全く同様の取扱いとなり、継続して勤務していた者との間に著しい差別、不平等を蒙ることになる。これは、勤続年数につき、専従期間を算入してもそうなるのである(そして本件において債務者が強行している取扱いが、正にこれである)。

「もし専従者となったために……一般従業員よりも不利益をこうむるとすれば、年功制度が普遍化しているわが国の現状では、専従者の地位をきわめて不安定なものにし、専従制度に打撃を与えて組合活動を困難にする。これこそまさに団結権侵害であり差別待遇にあたるといわねばならない」(本多淳亮「組合活動条項」新労働法講座5二六八頁)。

債務者の主張する解釈をとり、債務者の強行している取扱いを容認することは、即不当労働行為の是認ということになる。そのような解釈を採る余地がないのは明白である。

別紙(三)

(申請の趣旨に対する答弁)

本件申請は、いずれも棄却する。

との裁判を求める。

(申請の理由(別紙(一))に対する答弁)

一 申請の理由一項について

全て認める。

二 同理由二項について

1 1項は、全て認める。

2 2項は、全て認める。

3 3項中、前段部分は認め(但し「取得」との表現は争う。債権者(以下「申請人」ともいう)は、年次有給休暇の「申請」をしたものである)、後段部分については、会社が昭和五四年一二月一三日に申請人に対し通知したことは認めるが、その内容は争い、「翌一四日(申請人からの)右届出用紙を突き返してきた」の部分は否認する。会社の通知内容は、申請人に対して、同人の本年度(昭和五四年度)の年次有給休暇が無い旨を伝え、右届出用紙左上欄に『本年度の有給休暇はありません』と記載して、右届出用紙を申請人に返却したものである。

4 4項中、前段部分については、組合主張の日に、組合主張内容の抗議書及び確認通告書が提出されたことは認め、後段部分については、ほぼ認める(但し、会社の通知内容は、正確には、申請人の本年度(昭和五四年度)の年次有給休暇はないこと、従って、万一欠勤された場合には、無断欠勤となる旨通知したものである)。

5 5項中、申請人が同月一九日から二一日まで年次有給休暇をとったこと及び会社が同月二〇日申請人宛に電報を発したこと並びに、会社が同月二七日申請人宛に書簡を発したことは認めその余は争う。

6 6項中、「年休利用分として」の部分は否認し(「欠勤分として」である)、「このうち年休権行使による不当カット額」との部分は争い(「欠勤によるカット額」である)、その余は認める。

三 同理由三項について

1 1項中、「債権者は協約上の権利として……(中略)……一般従業員と同様に昇給される」迄の部分については、「専従期間中正常に勤務したものとして」の部分のみ否認し、その余は認め、「これは年次有給休暇についても同様である。……(中略)……賃金カットするのは協約に違反する。」迄の部分については、会社は、申請人の昭和五三年の出勤が0であるため、昭和五四年の申請人の年次有給休暇がないことになり申請人が欠勤した時間(二四時間)を賃金カットした事実は認めるが、その余の申請人の見解に亘る部分は争う。

2 2項中、前段部分は、会社が申請人に対して、同人の昭和五五年の年次有給休暇の日数は三日である旨言明している事実は否認し、後段部分は、不知。

債権者は、昭和五五年中、週休二日(協約四一条)と、祝日及び会社休日(協約四二条)とを保証されており、一年三六五日中会社所定労働日数約二四五日(所定労働日数率六七%)を差し引くと約一二〇日間の休日を有している。したがって、債権者にとっては、家族を含めた旅行や年間生活計画等は充分に現段階において計画し得るところであって、仮処分の一要件である保全の必要性は存しない。

3 3項中、申請人の家族が三名であること、並びに一月分手取額、(欠勤による)賃金カット額及び手取額に対する(欠勤による)賃金カット率の各数値は認めるが、その余の見解に亘る部分は争う。

債権者の昭和五四年一一月から昭和五五年三月迄の手取給料等の実収入は次のとおりである。

(1) 昭和五四年一一月分

給料手取額 金一九万九二六一円

(2) 同年一二月分

給料手取額 金一三万五五五九円

組合支給額 金六万三六三三円

合計 金一九万九一九二円

(3) 昭和五五年一月分

給料手取額 金九万七九六三円

組合支給額 金六万二八八一円

合計 金一六万〇八四四円

(4) 同年二月分

給料手取額 金一三万七六〇四円

組合支給額 金五万二六二〇円

合計 金一九万〇二二四円

(5) 同年三月分

給料手取額 金八万六四三三円

組合支給額 金八万五八二四円

合計 金一七万二二五七円

右の各組合支給額は、債権者が組合活動をした時間、相当分の賃金を会社がカットし、右カット相当分の金額を、組合が債権者に補償しているものであって、したがって、債権者の過去五カ月間の実収入は金一六万〇八四四円から金一九万九二六一円の範囲にあり、保全の必要性のある経済的ゆとりがない状態にあるとは決していえない。また、賃金カット額金二万五六六七円について、債権者の右のような経済的基盤からすれば、直ちに仮処分を求めねばならない必要性はない。

(労働協約条項の解釈について)

一 協約一一条の解釈

1 債権者の主張

協約一一条の解釈につき、債権者は、組合専従者の年度途中の復職の場合には、組合専従者が前年度において、丸一年間休職扱いになっている場合であっても(協約一〇条、同二六条(二))右前年度の休職期間丸一年間を『正常に出勤したものとして』年度途中の復職以後年度末に至る迄の間に一般従業員と同様の年次有給休暇日数(債権者の場合は二〇日間)の権利を有するとし、また、組合専従者が復職した次年度においても、前年度において組合専従者が当該年度初めより復職するまでの期間休職扱いになっているにもかかわらず(協約一〇条、同二六条(二))『正常に出勤したものとして』復職翌年度も一般従業員と同様の年次有給休暇日数(債権者の場合は二〇日間)の権利を有すると解釈しているもようである。しかし、右債権者の解釈は、協約一一条の文言解釈によっても、論理解釈によっても、全く成り立ち得ないものである。

2 協約一一条の文言

協約一一条は『会社は専従者の復職の際、勤務の中断が全くなかった場合と同等水準の(地位、賃金及び)有給休暇の権利を保証する』と規定されている。『勤務の中断が全くなかった場合』とは、『勤続年数が継続している場合』を意味し、如何なる拡張解釈によっても、『正常に出勤したものとして』の意味には解されないこと明らかである。協約一一条は、組合専従者については、従業員が長期病欠等のため勤務の中断を生じ、有給休暇の日数についての要件となる勤続年数(協約四五条)に影響が出てくる場合と同様に扱うことなく、専従休職期間は専従者の勤続年数が継続しているのと同等に扱うことを規定しているのであって、組合専従者は、使用者(債務者)の勤務を離れるけれども、長期病欠者等と同じ取り扱いを受けない旨明記しているのである。したがって、専従者復職後には、有給休暇の権利については、有給休暇の日数の要件である勤続年数は中断せずに適用される。

3 協約一一条の解釈

右『勤務の中断が全くなかった場合』との文言は、『地位、賃金』についてもかかってくる文言であるから(この点は債権者においても異議ないと思われる)、この点に関する従来の取り扱いないし労使双方の解釈が、本件の解釈においても重要な役割を果たすものであるといえる。

ところで、この点については、従来の取り扱いでは、専従者復職後の地位、賃金は、『勤続年数が継続している場合』と同等水準の地位、同等水準の賃金を支給するとの定めであると解釈し、組合専従者については、専従期間中は休職となって、本来現実の労働力が提供されていないけれども、(この点、従業員において長期病欠等のため休職となり、勤務の中断が生じ、治癒後の復職の場合には、勤続年数の算定や昇給、地位等について影響が出てくる)勤続年数に関して、長期病欠者と同じ取り扱いを受けない旨明記したものとして特別に取り扱ってきている。

右協約が勤続年数だけのものであって、『正常に出勤したもの』とまでも含んだものでないことは、専従者復職の場合の賞与の取り扱いをみても明らかであるといえよう。すなわち、賞与は一般に労働の対価として賃金の一部と理解されるところであるから、専従者の組合専従中は、専従者に対しては、労働力不提供により賃金が支払われないのと同様、専従者が賞与対象期間途中に復職した場合における同人の賞与の算定は、現実に出勤して労働した期間と、賞与対象期間との割合で計算し、支給されているものであり、債権者も組合も右扱いについては当然のこととして了解してきているものである。ところが、債権者は、有給休暇に限り、右賃金並びに賞与の取り扱いとは異った扱いをするよう主張しているものであって、仮に債権者の主張のとおり扱うことになれば、賃金並びに賞与の支払いも同列の扱いに変更しなければならないことはもとより、組合専従中の賃金並びに賞与も債務者会社が負担することにさえなりかねなくなるものであって、その不当性は明らかである。

債権者は、協約一一条の定めによって、年休権行使の二要件である〈イ〉勤続年数も、〈ロ〉前年度八割出勤の要件も(労働基準法三九条一項、二項)ともに必要なくなったという解釈をしているが、協約一一条の文言解釈、論理解釈、或いは前記『地位、賃金』との比較解釈からしても、債権者主張の如き解釈はとり得ないものである。

二 債権者の解釈の不当性

1 年休権行使のあり方

仮に債権者主張の解釈にたつと、債権者が仮に昭和五四年一二月初旬に復職したとすれば、債権者はこの日のみ出勤し、翌日から二〇日間の年休権を行使しうる権利を有することとなり週休日、会社休日等を含めると結局昭和五四年末日迄は有給で休暇を取り得る不当な結果となる(協約四一条、同四二条(ロ)参照)。また、協約五〇条において、有給休暇の次年度繰り越しが規定されているため、仮に債権者が昭和五四年一二月三〇日に復職したとすれば、債権者は翌昭和五五年度には四〇日間の有給休暇日数を有し、他方、債権者の復職時期が昭和五五年一月に入ってからであれば、債権者の昭和五五年度の有給休暇日数は二〇日間となり、半減してしまうことになり、右は明らかに不合理である。

三 協約一一条が挿入された意味合いについて

1 組合専従者の職場復帰後の取り扱い

(一) 組合専従者は、専従期間中、使用者の勤務を離れ、現実に労働力を提供しないため、これに見合う賃金・賞与の不払いの待遇、有給休暇の不支給を受けるものであり、したがって復職後においても賞与の支給については前記一の3で述べたとおり、賞与対象期間の途中で復職した場合には、現実に出勤した日数と賞与対象期間との割合で支給されるにすぎない。

(二) 専従者復職後の勤続年数の算定、地位、賃金等については法規上明文の規定が存しないため、学説上種々見解が出されており、一説によれば、在籍専従は権利であるとの説があり(松岡三郎「日本における組合専従の取扱いとその法的性格」季刊労働法第三七号一五頁以下)、一説によれば、在籍専従者と使用者との間の法的関係につき『わが国の在籍専従制の場合、使用者は専従役員について雇主としての法的責任(労災補償や社会保険関係の責任)を一切負担しない点を考えると、むしろ専従役員個人と使用者間の労働契約はいったん消滅しているものとして扱い、その地位は労使間協定に基づく特別の地位として理解する方向に進めるべきである。

なお、専従役員が復職した場合、一般従業員と同一基準によって昇給させること、また退職金計算のさいに専従期間を勤続年数に加算すること等は、不当労働行為(経費援助)にあたらないとされているが、専従期間が長期にわたらぬかぎり当然のことであろう』(恒藤武二「組合役員」労働法大系1一六〇頁)との見解が出されている。

(三)(1) また、組合専従者の地位につき、長崎地裁昭和三九年六月一二日の判決によれば『組合専従者制度は組合活動に本来的なものとして法が予定し、保護を加えているものとすべきではなく、使用者の承認をまってはじめて成立しうるものと解すべきであり』それは、いわば恩恵的なものであり、在籍専従につき承認を与えるか否かは完全に使用者の自由に委ねられていると解している(三菱造船事件、長崎地判昭三九・六・一二労民集第一五巻第三号六三八頁以下参照)。

(2) 右長崎地裁の判決要旨と同様の見解は、最高裁昭和四〇年七月一四日大法廷判決によっても維持されている。これは地方公務員の専従休暇についてではあるが、『地方公務員の専従休暇は、地方公務員の団結権等を保護するため、特に法律によって認められた制度であって、団結権等に内在し、またはそれから当然に派生する権利に基づくものではない』(最判昭四〇・七・一四民集第一九巻第五号一、一九八頁参照)と判示されている。

(四) 更に、勤続年数に専従期間を加算すべきかについての判例は見当らず、勤続年数の長短が影響する事項の中心は退職金であるが、退職金は一般に労働の対価としての賃金の一部と理解される例であるから、組合専従期間中は労働力不提供により賃金が支払われないことからすると、退職金についても専従期間は勤続年数に含めない扱いとすることに合理性があることになる。

(五) 以上述べたように、専従者と使用者との間の法的関係については、法律によって認められた制度であるとする見解と、右を否定する見解とが対立しており、解釈上明確な一線で割りきれないものがあるため、通常は組合と会社の間で協約により種々の内容を定めて明確化しているものである。

債務者会社と組合との間の協約の本件に関する定めも、右の観点から在籍専従について明確化したものである。すなわち、協約一一条の専従者の復職についての定めは、右争いある専従者復職後の地位、賃金、有給休暇の権利について、勤続年数が継続しているものと同等の扱いをするよう配慮することを明記したものであり、それ以上のものではない。

2 協約一一条の制定経過

(一) 債権者は、その主張の根拠として、本件協約一一条の制定経過につき、当初『有給休暇の権利』との文言が入っていなかったが、後になって追加挿入されたのであるから、特別に扱うべきだと主張しているようである。

しかし、後日右文言が挿入されたこと自体だけで、債権者主張の如き扱いになるといえないこと勿論であるうえ、右協約改訂時においても、組合から債権者主張の如き要求は全く出ておらず、したがって、債務者会社が、債権者主張の専従復職後の有給休暇の取り扱い方を了承した事実も全くない。

(二) すなわち、債務者会社と組合間で最初に労働協約を締結したのは、昭和四六年五月二七日であり、現行協約一一条に該当する箇所は当初の協約一三条で、その内容中『有給休暇の権利』との文言は入っていなかったところ、昭和四八年一二月一日の改訂協約により、条文が一一条に替り、右文言が付加されたのである。当初の改訂交渉について組合側から『労働協約改正要求書』が提出されたが、この内容中に一言も右『有給休暇の権利』を挿入する旨の要求がなされておらず、会社側からも勿論右追加文言を会社側改訂案に盛り込んでいなかった。昭和四八年四月一〇日開催の労使間の第二回改訂交渉において、突然組合側から右文言の追加申し入れがなされ、当時趣旨説明なり、債権者が主張しているような取り扱いに改めることを要求されたこともなく、ただ単に、右文言の追加要求のみがなされた。会社側としては、改訂前協約一三条にいう『地位、賃金』と『有給休暇の権利』を別異に扱う必要もないことから、組合要求に対し、その場で合意したものである。その後の改訂交渉の過程で右文言挿入については、それ以上の論議はなされていない。

(三) なお、当時の改訂交渉の経過を報告する組合文書においても、組合が『専従者の復職について、休暇も勤務の中断が全くなかったという風に解釈する』ことについて会社に対して確認を求めたところ、会社の方は、専従者の復職後の有給休暇につき組合の解釈するとおり『勤務の中断が全くなかった』こと、すなわち『勤続年数が継続している』こととの意であることを『認める』旨回答したとの経過報告がなされているにすぎない。それ以上の債権者主張内容の扱いを会社が認めたとは、組合文書によっても何ら触れられておらず、また、現実に左様な了承を債務者会社がしたものでもない。

(四) 債権者主張内容の如く、労働基準法三九条一項、二項の年次有給休暇の権利につき、専従復職後の専従者については、専従期間中の扱いとして(イ)継続勤務の要件(ロ)八割以上出勤の要件のうち(ロ)を取り払うということであれば、右改訂交渉時にその旨論議されていなければならないところ、右論議は何らなされていないし、協約改訂による現行協約一一条にも、債権者主張内容のような文言は一切入っていないのである。

四 有給休暇の削減方式について

1 債権者は、債務者会社における年休日数の計算が削減方式(協約四七条)によっていることを強調するが、本件争点である『前年度八割以上出勤』の要件がいるかどうかという点と、右有給休暇の削減方式とは何ら関連性がない。

すなわち、労基法三九条一項の解釈によれば、前年度八割以上出勤していない労働者に対しては、使用者は翌年度に有給休暇を与えなくてよい旨の規定であるところ、会社は、組合との協約により、前年度八割未満出勤の従業員の場合にも、翌年度の有給休暇を零とするのではなく、当該従業員の欠勤日数に比例して削減した有給休暇を与えることにしているだけのことである。したがって、会社の従業員が前年度八割以上出勤していれば翌年度の有給休暇の日数は、何ら削減されることなく与えられるものであって、『前年度八割以上出勤』が、年休日数の計算における重要な基準をなしていることは、労基法三九条の趣旨どおりである。

2 のみならず、協約四七条に定めるとおり、会社は、前年度八割未満出勤者に対しても、翌年度には当該従業員に対して削減した年休を与える扱いであるが、その前提として、当該従業員が、前年度に全所定労働日の八割に満たない日数について現実に出勤していることが要件となっていることはいうまでもない。そうだとすれば、債権者の場合、昭和五三年度は組合専従として丸一年間全所定労働日の一日たりとも現実に出勤していないのであるから、翌昭和五四年度における債権者の年休日数が(協約四七条の削減方式によっても)発生しないことは自明の理である。

3 ちなみに、債権者は『(労基法三九条のように「全労働日の八割以上出勤した」場合に一日加算されるという増加方式ではなく、後記の如く八割未満の出勤は削減されるという削減方式である)』と主張しているが、右見解は明白に誤りである。すなわち、労基法三九条のいう全労働日の八割以上出勤は、年休権成立の要件であって、年休加算の要件ではない(昭二二・一一・二六基発三八九号参照)のであるから、勤続年数を基準に増加方式をとっている点では、両者同じである。

五 協約一〇条の意味合いについて

1 債権者は、協約一〇条に「専従者の任期の全期間は勤続年数より差引かない」との規定が存するのであるから、更に協約一一条に「勤務の中断が全くなかった場合と同等水準の有給休暇の権利を保証する」との規定をわざわざ挿入したことが、特別の意味を有するものであると主張する。しかしながら、右協約一〇条の「専従者の任期の全期間は勤続年数より差引かない」との規定は、復職後の『地位・賃金』の取り扱いにも関係する文言であることはもとより異議のないところであるから、そうすると、債権者主張の解釈に立てば、協約一一条は、『地位・賃金』についても、協約一〇条の文言を越えて特別の意味を有することになり、会社は専従者復職後の賞与についても、専従にあった期間も出勤したものとみなして賞与の支給対象期間に入れるようなことにならざるをえず、右の扱いは、前述のとおり、これまでの労使間の取り扱いないし労使の暗黙の合意からみて、明らかに背反する結果となる。

2 協約一一条の右規定が、債権者主張のように協約一〇条の規定を越えた特別の意味を有するものでないことは、協約一一条の文言からも明白であるし、協約一〇条の規定が、勤続年数について、専従期間をどのように扱うかという面からの規定であるに対し、協約一一条は、地位・賃金及び有給休暇の権利について、専従復職後の扱いをどのようにするかという面からの規定であって、協約一〇条と同一一条の規定が、内容的に重なり合う部分があっても、何ら異とするに足りない。

3 そもそも、協約一一条に「有給休暇の権利」との文言を挿入した経過も、前述したとおり、有給休暇の扱いも、地位・賃金と同様に扱う旨確認的に挿入したに過ぎず、債権者主張の如く有給休暇の扱いのみ、特別に有利に扱うこと迄も合意されたものではない。また、債権者は、協約一〇条と同一一条に同じ取り扱いとなるような規定を二重に置くことは協約として無意味であり、それ故に、協約一一条は特別の意味、すなわち、専従中も出勤として扱う意味を有すると主張するが、協約一〇条に規定する「専従者の任期の全期間は勤続年数より差引かない」との文言と同じ内容の文言は、協約二八条にも規定されており協約中に同趣旨のことを夫々の場面で確認的に規定することは日本の労働協約の場合かなり存在するところである。協約一〇条は専従中の専従者の地位及び条件の側面から、同一一条は専従者の復職後の側面から、同二八条は勤続年数の側面から、それぞれ協約上に規定されているものであって、何ら不合理な面は存しない。

六 債権者主張の「接続方式」について

債権者は、協約一一条にいう「勤務の中断が全くなかった場合」とは、専従期間を全く他次元の世界の如く、無の状態として把握し、専従者が復職した場合は、復職前の勤務期間と、復職後の勤務期間が接続しているものとして取り扱うことを意味すると主張する。

しかし、右の如き見解は詭弁を弄すること甚しく、同条の「勤務の中断が全くなかった場合」とは、右のような無の状態ではなくして、専従期間中も復職後の地位等については、勤続期間とみなして勤務が中断せずに継続しているものとして扱うこと、すなわち、勤続年数として評価して取り扱うことを意味すること自明の理であり、多言を要しない。

債権者主張のようなこじつけ解釈が許されないことは、そもそも有給休暇という制度が法律上は勿論のこと本協約上もすべて、暦年における年単位を基準に取り扱ってきていることからも(この意味では、或る年の出勤日数を別の年の出勤日数に加算して、「出勤八割以上」という要件を充たしえないことは当然である)また有給休暇が本協約で次年度に限り繰り越しが認められている点や、年休請求権が法律上二年間で時効によって消滅すると解釈されており、しかも、当事者間の合意によってこの期間を伸長したり、予め時効の利益を放棄しえないこと等からも、明らかである。

更に、債権者主張の如く解すると、ここでも賞与支給の対象期間についての扱いと均衡がとれなくなって、前記協約一一条が無意味なものとなる。

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